その後の意見(一)

穂積一平

はじめに


 きっかけを簡単に書いておこう。(Qについては、地域通貨Qを参照。)

 2003年9月14日に、元NAM会員、元NAM事務局担当、元Q会員、元Q管理運営委員会メンバーの「攝津正氏」が、「一斉同報メール」と同氏が呼ぶもので、地域通貨Qを運営するQ管理運営委員会の元代表、副代表である、西部忠氏、宮地剛氏、穂積一平、現Q監査委員の高山大祐氏を一方的に誹謗・中傷して、「Qを破壊せよ」等々扇情的な文面のメールを不特定多数の個人、および、複数の他の地域通貨が運営するメーリングリストへ発信等を繰り返した。同氏は、発信先の一部の地域通貨のメーリングリストから退会させられている。
 事実関係を明確にするために追記すると、上記の西部忠氏は現在、Q管理運営委員会のいちメンバー、宮地剛氏は副代表、穂積は、Q管理運営委員会は今年の1月に辞めてただのQ会員である。攝津正氏の「非難・中傷」がこの3人に向けられているのは、昨年のQの代表・副代表だったからで、高山氏は、Q監査委員という立場できちんと対応したために、今回の「攝津正氏」の大暴れのとばっちりを受けてしまった。

 攝津正氏の非難をわたしなりに整理すると、元Q代表連中(つまり、西部忠氏、宮地剛氏、穂積)は昨年「謀議」をしてQからNAMのメンバーを排除し、QをNAMから分離独立させた。よって、現在のQはダメなので潰れなくてはいけない。どうもこういうことらしい。悪代官に天誅を加える正義の味方というわけだ。この「謀議」の根拠としてあげられているのが、lets_thinkメーリングリストで、「謀議」などなかったということを明確にするために、このメーリングリストを公開した。

lets_thinkメーリングリストの公開

 上記に攝津正氏の「非難・中傷」メール等の資料をすべて添付しているので、わたしが要約するよりも直接そちらにあたってもらったほうがいい。これに関連して、2002年8月29日の京都オフ会議事録がQのサイトで公開されているので、これも参照してほしい。

京都オフライン会議議事録・西部柄谷論争の公開

 その後、2003年10月14日に、攝津正氏は一方的に今回の事態の終息宣言らしきものを行なった。2003年11月14日には、そのダメ押しがあった。わたしはこういう形の終息をまったく納得できない。
 いずれにしろ、今回のことは、ある意味(まさにNAM的という意味で)象徴的な出来事だったと言える。NAMをもじって、NAM的であるとは、MAN的(人間的)であることだ、という言葉遊びが一時流行ったが、これを言うなら、NAM的とは、転倒しなければ、MAN的にならない、なにものかだった、と言ったほうがいいだろう。


after-that.net 2003.11.30