lets_thinkメーリングリストの公開

はじめに

穂積一平

 lets_thinkメーリングリストを全面公開します。公開の直接のきっかけは、2003年9月14日に始まる攝津正氏による「一斉同報メール」(注1)なるものですが、これはあくまできっかけであって、主たる理由は、宮地剛氏が以下の「lets_thinkメーリングリスト公開にあたって」で書かれているものです。端的に言えばlets_thinkメーリングリストを「裏ML=策謀」と断定することで、地域通貨Qそのものを毀損しようとする一部のひとたちの言動に対する、抗議の一環としてメーリングリストそのものの全面公開を行なうということです。宮地剛氏の文章と、それに続く簡単な分析を、まずお読みいただきたい。公開メーリングリストへのリンクは末尾にあります。

 メーリングリストの公開にあたっての文章は、それぞれ宮地剛、穂積一平が分担して書きました。またメーリングリストの公開にあたっての処理は穂積が行ないました。それぞれの分担作業後、宮地剛、穂積一平が相互に加筆・チェック等を行い、最終的に穂積が編集しました。メーリングリスト参加者への事前の了承等の連絡もこの2人で行ないました。

 ここで簡略にこのlets_thinkメーリングリストに対する、公開にあたっての作業等を行なった者、宮地剛、穂積一平のスタンスを述べておきます。内容や詳細はこれにつづく文章にあたってください。
 もともと、宮地剛氏は積極的公開論者でした。これは参加者のひとりである逵健志氏も同様でした。実際のところ昨年の11月か12月頃、逵氏からか宮地氏からか記憶が定かではありませんが、そういう話題もありました。いっぽう、わたしは消極的非公開論者でした。他の参加者は特段なにも主張していなかったように思います。積極的に公開しようと主張するひとたちの論拠は、

  1. ネット上ではこういったMLに限らず情報が漏れるのは仕方がない。つまり私的だからクローズドだというのは一種の幻想。(この見解が一般的に通用するかどうか、わたしにはわかりません。すくなくとも昨年のNAM,Qの状況下ではこの主張は一定の現実味を持っていたとは言えますが)。
  2. 「裏ML」というような話が出た段階以降、断片的に漏洩されるよりいっそのこと全部だしてしまったほうがいい。それでどう考えるかは読む人に任せざるをえないが、きちんと読んでくれるひともいるだろう。
 いずれの理由もまっとうなものですが、わたしは当時次のように考えていました。全面公開したところで、読む者が部分的な漏洩と第三者による「暗示」以上の「読解」を示すという保証はどこにもないし、誤読、曲解、デマへの利用等はいっそう激しくなるかもしれない。状況によっては全面公開が火に油をそそぐだけというケースもありうる。結局のところ積極的公開論者といえども、公開のための処理上の手間をとらない、あるいはとれなかった以上、わたしの考えの実質的な追認をしただけで、ずるずると放置しておいた、というのが実際のところです。(もっとも以上のように明確に主張したという記憶はありません。漠然と問題を先送りせざるをえなかったというところです)。
 もうひとつは、メールの過去ログといったものは、単に「公開しました、さあ読んでください」とアドレスをオープンにしたからといってどうなるものでもありません。プログラムなどの技術情報を盛り込んだメーリングリストなら、なんの注釈もつけずに公開して検索利用することで、プログラムやシステム関係の問題解決の糸口を見つけることができます。これは料理のレシピや百科事典と同じで役立つか役立たないかという話にすぎません。しかし、特別の目的があろうがなかろうが、意見や感想等々を述べているメーリングリストを公開するときに「さあ、読んでください」というのは、あまりに杜撰な公開方法ではないか、という懸念がありました。公開する者は、別の解釈がありうるという留保をつけた上でなお、一定の状況説明、解説等々をつけるべきで、単に公開したのでは、公開の意味そのものが失われる恐れがあるでしょう。(注2)

 lets_thinkメーリングリスト「裏ML=謀議説」というのは、前述の攝津正氏の一斉同報メールによって初めて唱えられたものではありません。このあたりの経緯は注釈で解説を加えていますが、昨年12月にQユーザML上で唱えられ、それに対する反論も同じユーザMLでわたしも行ないました。しかし謀議説の提唱者はつぎつぎとQを退会し、最終的にはNAMも解散してしまって、わたしの反論等に対する異論も出されないままに終わりました。この時点で問題は終わってしまったというのがわたしの認識でしたが、どうもそうではないらしく、攝津正氏によって再度問題提起が行なわれたということになります。やり方は不穏当ですが善意に解釈すればそういうことです。

 ただ、正直を言えば、こうして公開したからといって、異論を提出したり反論したりするひとがあらわれる、という期待はありません。おそらく公開しても、かつて「謀議説」を唱えたひとたちがそうであったように、なんとなく曖昧な文句や注文を言って、おしまいという気がします。あるいは再び「一斉同報メール」なるものが発生しないともかぎりませんが、メールで言えることなどはたかがしれているので、反論や立証というよりも、アジテーションにすぎないでしょう。「2ちゃんねる」等でちょっとは話題になるとしても同じレベルです。
 しかし、ことがQの内部だけの議論ですめばいいのですが、Q会員でない摂津正氏がアピールする方法として選んだのが「一斉同報メール」なるもので、だれにメールが届いているのかわからない以上、こういうやり方で公開せざるをえないと考えました。

 この「lets_thinkメーリングリスト公開版」は、本編、いわば総論的な説明文と注釈、およびメーリングリスト本体から構成されます。また、これとは別に、メーリングリストの参加者の感想・意見もいただきましたので、以下にリンクを追記します。

  1. 木場聡子氏の感想・意見
  2. 西部忠氏の感想・意見

 メーリングリスト本体のメールに対しては、以下のような処理をしています。
  • メール発信者の発言内の固有名詞(人名にかぎらず)は一部例外を除き、基本的に「**」という伏字に変更しました。一部例外とは、伏せ字にしてしまうと、そもそも文脈がたどれない可能性のあるものです。
  • メールアドレスやハンドルネームなど、それ以外で固有名詞に相当すると考えられるものも適時、削除等の処理をしました。
  • メーリングリスト内の一部のメールは、ブラウザによっては「文字化け」が発生するようです。内容を読むにはブラウザのエンコード指定をそのつど変更する必要があります。この点については、今後暫時、修正していく予定です。

  1. lets_thinkメーリングリスト公開にあたって
  2. lets_thinkメーリングリストの時系列分析
  3. メーリングリストへのリンクは末尾にあります。





lets_thinkメーリングリストの公開にあたって
宮地剛

 本ML(lets-think)を全面的に公開するにあたって以下のことを、みなさんにお伝えしたいと思います。

 本MLは、本来、2002年8月29日に開かれたQ管理運営委員会の公式の京都オフ会直後に始められた何人かの私信メールのやりとりが発展してMLとなった(注3)もので、公開することを前提としては書かれていないものです。したがって、本MLが、Q管理運営委員会の実際の運営にかかわるような協議や話し合いの場ではなく、あくまで参加者の意見交換を目的としたプライベートな場である、という位置づけは、今までも今後も変わることはありません。

 プライベートなMLである「lets-think」はしかし、何者かによって外部に漏洩され、NAMによる一方的なQへの介入の渦中で、当時のNAM副代表でありQ監査委員であった弁護士の柳原敏夫氏(現在、NAM資産管理委員会監査委員(注4)、NAM、Qの活動においては朽木水というペンネームを使用)のQユーザMLへの投稿により「裏ML」というレッテルを貼られてしまいました。柳原敏夫氏がおこなった「裏ML」「謀議」「非人間的」というレッテル貼りは、当時NAM内で柄谷行人氏によって行われていたのと同様(注5)に、当時Q管理運営委員会代表であった西部忠氏の人格評価を不当に貶める為の本MLの政治的道具化であり、本MLの実際の内容を歪曲して伝えることで成立するイメージ操作(注6)であり、その陰湿な政治手法に対しては憤りを感じざるをえません。

 しかし、そのような手法によってレッテルを貼られてしまった本MLは、そこであたかも参加者による「反NAM」の「謀議」がなされていた「非人間的な」「裏ML」であるかのようなイメージを、本MLを読むことのできないQユーザや外部の人々に植え付けてしまったのも事実だといえるでしょう。

 先日来の摂津正氏によるQ糾弾(注7)も、その端緒となったのは、NAMの解散のありかたやNAM資産管理委員会の定款への疑義、あるいは「NAMの死」「Qの死」の意味を問い始めた摂津正氏に本MLが部分的に漏洩され、それを読んだ摂津氏の、宮地・穂積の発言が「NAMを裏切った」という個人的な怒りに駆られてのものだと思います。

 ここで重要なのは、本MLの漏洩がつねに、意図的に「部分的に行われている」ということです。なぜなら摂津氏のQ糾弾メールにおける本MLのメールからの引用に拠った文章が示すように、意図的な部分的漏洩は、本MLに投稿されたメールが形成する全体的な文脈を寸断し、柳原敏夫氏がレッテル貼りし形成した「裏ML=反NAMの策謀」という架空の文脈のなかで、本MLのメールを読むことを、読み手に強いるからです。そこでは、言葉は、あらかじめ設定されている「裏ML=反NAMの謀議」という文脈内で解釈されてしまうのです。そしてそのように読まれた言葉は、「裏ML=反NAMの謀議」という文脈を反復するように書き直され、本MLを部分的にさえ読むことのできない人々の間に「裏ML=反NAMの謀議」というイメージ(注8)を拡大させていくのです。

 本MLは現在、このような政治的=言語的状況下に置かれていると、私は考えます。

 このような状況下において、本MLを「これは私的なMLである」という理由によって公開しないでおくことは、本MLの部分的な漏洩を今後も許し、その結果、本MLにおいて参加者たちが「反NAM」の謀議を行っていたという事実に反するイメージに基づいた根拠を、Qを不当に攻撃しようと意図する人間に与え続けることに他なりません。言い換えれば、公開しないことが、上記のような政治的=言語的状況を是認することにつながってしまっています。そしてそのことは、Qの運営や活動とは本来無関係な私的なMLにすぎない本MLによって、Qの運営や活動に対して甚だしい悪い影響を与えることになります。

 このようなMLにまつわる政治的=言語的状況を変えていくには、私的MLである本MLをあえて公開し、そこで書かれていたメールを「言葉のままに」読んでもらうしかない、と私たちは考えました。そしてここに、私たちは本MLを公開することにいたしました。

 もちろん、これらのメールを精確に読んでいただくためには、これらのメールが書かれた状況を知っておいていただく必要があります。なぜ宮地はあのような言葉を書いたのか、書かねばならなかったのか、なぜ穂積氏は、西部氏は…。本MLのメールを真の意味で「言葉のままに」読んでいただくには、当時、このMLに参加していた者たちの怒りや絶望、悲しみやためらいなどを感じ取っていただく必要があるともいえるでしょう。つまり、本MLの言葉は単なる記号ではなく、生きている人間が抱かざるをえなかったさまざまな思いや思考によってつむぎ出されたものであり、政治的言語=レッテル貼りという手法によって政治的な道具として、断じて使用されるべきものではない、ということを、みなさんにも理解していただきたいと思います。







lets_thinkメーリングリストの時系列分析
穂積一平

 以下で行なうのは、メーリングリストlets_thinkの形式的分析です。一部例外を除いて、基本的には書かれている内容には踏み込みません。本ML公開の意図は、メーリングリスト内での発言の正否をただすことではなく、公開によってその判断を各自に委ねるものです。しかし、形式的側面からの一定の分析を加えることで、なんらかの理解の助けになると考え、本論を追加することにしました。(以下、敬称は省略します)

メンバー構成

  1. 逵健志、中島秀樹、穂積一平、宮地剛、木場聡子、西部忠の六名で構成。
  2. うち西部忠は、2002.9.7から参加(0069)。他のメンバーは、2002.9.1のML開設時のメンバー。
  3. 西部忠のメールが2002.9.1にあるのは以下に述べる理由によるものです。
  • think_letsは、全部で93通(通し番号は95まで、抜けが2つ)。この2の抜けは、89番メールで書かれている以下のものに該当します。実際には、88番メールが残され、それと同じ86番と87番が削除されました。
    西部さん、87番目と88番目のメールは
    86番目と同じだったので削除しました。
    ご了承ください。
    
  • そのうち最初の22通は、上記の各人の相互の私信をMLに転送したもの。
  • したがって4分の1はMLですらなく、完全なDMである。
  • ML分71通は、2002.9.1に開始され、10月の2つのメールはMLの閉鎖の事務連絡であり、その直前のメールは9月16日、したがって、9月1日から16日までが実質的なやりとりのあった期間。
  • 9月16日の中島秀樹による、以下の意味不明のメールで実際にはMLは閉じられたと見なせる。
    =メール==================
    このMLまだ使ってますか?
    ちょっとテストで送信です。
    =========================
    
なお、2002年9月1日現在での各自のポジションは、
  • 逵健志:Q管理運営委員会員、Q開発部所属、非NAM会員
  • 中島秀樹:Q管理運営委員会員、Q開発部所属、NAM会員
  • 穂積一平:Q管理運営委員会員、Q副代表、NAM賛助会員
  • 宮地剛:Q管理運営委員会員、Q副代表、NAM賛助会員
  • 木場聡子:Q管理運営委員会員、Q開発部所属、NAM会員(9/12退会、約半年在籍)
  • 西部忠:Q管理運営委員会員、Q代表、NAM会員(この前後でNAM退会)

メーリングリストの構成

  1. MLは0023から始まる。
  2. 日付との関係は、
    • DM分はすべて、2002.9.1日付、全部で22通。
    • ML分は、
      2002.9.1日付    16通
      2002.9.2日付     7通
      2002.9.4日付     8通
      2002.9.5日付     2通
      2002.9.6日付     5通
      2002.9.7日付     7通
      2002.9.8日付     6通
      2002.9.10日付    3通
      2002.9.11日付    9通
      2002.9.12日付    2通
      2002.9.13日付    3通
      2002.9.14日付    1通
      2002.9.16日付    2通
      
      2002.10.3日付    1通
      2002.10.4日付    1通
      
      ●10月に入ってからの最後の2通はMLの閉鎖を述べたもので、実質的には9.16でメールのやり取りは終了している。

  3. メールの内訳(発信者、表題、ML番号)

    ここをクリック

データの分類(ML分のみ、最後の2通は省く)

発信者    最初のメール  最後のメール   総件数
------    ------------  ------------   ------
木場聡子  2002.9.1      2002.9.13      12通
逵健志    2002.9.1      2002.9.14       7通
宮地剛    2002.9.1      2002.9.11      18通
穂積一平  2002.9.1      2002.9.11      23通
西部忠    2002.9.10     2002.9.16       7通
中島秀樹  2002.9.2      2002.9.16       2通
                                       ------
                                       69通

MLの全メールの件数と全体における比率

2002.9.1    22通    24% (DM転送分)

2002.9.1    16通    17% ****************
2002.9.2     7通     8% *******
2002.9.4     7通     8% *******
2002.9.5     2通     2% **
2002.9.6     5通     5% *****
2002.9.7     7通     8% *******
2002.9.8     6通     6% ******
2002.9.10    3通     3% ***
2002.9.11    8通     9% ********
2002.9.12    2通     2% **
2002.9.13    3通     3% ***
2002.9.14    1通     1% *
2002.9.16    2通     2% **

2002.10.3    1通     1% *
2002.10.4    1通     1% *
-----------------------------------------
            93通

以上から言えることは、

  1. メールは9月1日ピークにして9月10日以降は漸減。DM分を含めれば9月1日のメールは41%に及ぶ。
  2. 西部忠は当時イタリアにおり、9月7日からMLに参加、最初の発信は9月10日である。したがって、実質的には、ML参加メンバーとのメールのやり取りはごくわずかで、すれ違いというのが実態である。9月11日に「専従制」「多重帰属」について意見が交換されているだけ。
  3. 旧代表グループ(この名称そのものがある種の心的傾向を表すにすぎない)と呼ばれている「西部・宮地・穂積」のメールでは、宮地・穂積は9月11日を最後にメールをMLに送っていない。
  4. Qとの関わりで重要なのは、以下の2つだけといっていい。ここでいう関わりとは、その後、Q運営の上で実際の出来事として発生した事柄を指す。単なる意見や愚痴、個人的な現状分析、認識は含まない。
  • DMの転送分0002(2002年9月1日)で宮地剛は
    =メール==================
    1)副代表の辞任。
    2)会計部・出納人・審査部などすべての業務担当の期限付き交代。
    3)新代表への立候補の取り消し。
    4)専従者立候補の取り消し。
    5)宮地名義の三井住友銀行口座の迅速な返却要求。
    
    以上のプランは、つまり早い話、Qハイブを徐々に辞めていくということです。
    正式な辞任はいつにするかまだ決めていませんが、9月中には行うつもりです。も
    うQハイブでは活動できません。というか、NAMのために働くのはご免です。したがっ
    て、西部さん不在時の代表代行も当然出来ません。
    =========================
    
  • 同じくDM転送分0015(2002年9月1日)で穂積一平は、
    =メール==================
    昨日・今日といろいろ考えたというか、頭からずっと離れないので、正直
    をいうとすこし参っています。
    それで、やはり、以下のことはQの全体MLに出して態度
    をはっきりさせておきたいと考えています。
    
    1)登記人はやらない
    2)副代表は辞任
    3)代表代行は辞退
    
    Qハイブそのものをやめるのは、しばらく見合わせようと思います。
    みなさんいろいろお考えもあると思いますが、ぼくは正直、今回
    のようなことはうんざりで、嫌気がさしています。
    =========================
    
    このふたつは事実上、Qの副代表辞任という形で実現しています。

    1. 2002年10月1日、穂積の副代表辞任メールはこちら
    2. 2002年10月6日、宮地の副代表辞任メールはこちら




おわりに

穂積一平

 本メーリングリストを公開するにあたって、参加者の各位には了承をいただきました。とくに木場聡子氏と逵健志氏、西部忠氏には、あらためてご理解とご協力を感謝いたします。中島秀樹氏には連絡をとりましたが回答がありませんでした。同氏のメールは2通だけであり、1通は短いテスト的なもので、実質は1通だけです。さしたる問題はないと考え公開することにしました。メーリングリストの本文に直接あたっていただければわかりますが、「西部・宮地・穂積」とその他のML参加者を区別する絶対的な根拠というのはどこにもありません。むしろ、木場氏、逵氏とも「西部・宮地・穂積」にある種の共感を示しておられます。この共感は、決して本メーリングリスト参加者にだけ固有のものではありませんでした。Qプロジェクトの昨年の9月分のメールを読めばわかりますが、何人かの方は同種の意見を述べておられ、そういう雰囲気のなかでの木場氏、逵氏の発言であるということも追記しておきます。わたしが時系列の簡単な分析を行なったのは、本メーリングリストが9月16日で終了しており、露骨に当時の雰囲気を反映している、ということを理解するために、ぜひ必要だと考えたためです。

 この場を借りて、2003年9月以降のQとNAMの紛糾なるものがなんであったのか、私見を述べておきたいと思います。非常に単純化していうと、昨年のQとNAMの紛糾というのは、8月29日の京都オフ会で勢いづいたQ=NAMメンバーが、彼らが主張する「よりNAM的なQ」を目指して「Q改革」をしようとして頑張っていたのに、ご本体のNAMがおかしなことになって、いつのまにか「Q改革」などをやっているひとたちそのものが「反NAM」的と断罪されかねなくなり、せっかく苦労して、2階に上がったのに気付いてみれば梯子をはずされて、あたふたとした、ということです。それで苦し紛れにとにかく誰かを「悪者」に仕立て上げなければならないので、旧代表グループなるものを捏造し、これ幸いとlets_thinkメーリングリストを「策謀」の根拠として、ひと騒ぎやらかした、というものでしょう。これ以上のことは当時「Q改革」を推進していたひとたちが、自らなにによってどういうふうに活動し、どういう意図で、またどういう人的な連携のなかで行動していたのかを率直に語る以外にわかりようはありません。自分自身の声と言葉で、つまり「Qを粉砕しろ」とか「西部・穂積・宮地の横暴を許すな」などというアジテーションにもならない自己満足の痙攣的な発話行為ではなく、背丈にあった言葉で語れば、おのずと現われでるものがあるのではないか、とわたしは考えています。
 そもそも、いつまでも「西部・宮地・穂積」をセットにして語らなければならないのか、この作為が疑わしいものであることは言うを待ちません。つまり、lets_thinkメーリングリストはこの3人以外の参加者がいたし、昨年12月に改めて代表を選んで発足したQ管理運営委員会も、この3人以外のたくさんのひと(数を言えば10人以上)の協力によって成り立っています。ちなみにわたしは今年の2月からQ管理運営委員会員ではありませんが、当時から現在まで、Q管理運営委員会を構成しておられる方々が事態を冷静に判断し対処していることには勇気づけられます。デマゴーグのデマゴーグたるゆえんは、一種のサブリミナル効果をねらって、短絡的で激しいことばを投げつけるということです。宮地氏が「政治的道具化」と呼んでいるものがこれです。




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after-that.net 2003.11.25